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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)315号 決定

本籍

東京都中央区築地二丁目二番地

住居

同台東区池之端二丁目一番三九-九〇四号

税理士

渡邉仁

昭和四年三月二五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六二年二月二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人井上謙次郎の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、判例の具体的摘示を欠き、その余は、憲法一一条、一三条、三七条一項違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 林藤之輔 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

昭和六二年(あ)第三一五号

○上告趣意書

被告人 渡邉仁

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人の上告趣意は、次のとおりである。

第一点 原判決は、憲法三七条に違反している。

第二点 原判決は、最高裁判所の判例に違反している。

よって、原判決は破棄さるべきものと考える。

昭和六二年四月三〇日

右弁護人 井上謙次郎

最高裁判所第二小法廷殿

上告理由

第一点 原判決は憲法三七条に違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されなければならない。

本条第一項は、すべて刑事事件においては、被告人は公正な裁判所の公開裁判を受ける権利を有することを定めているが、第一審裁判所は予断と偏頗により、共謀という前提のもと、客観的な証拠の補強をないがしろにし、犯罪構成要件たる事実の確認を怠り、審理を尽くさずして有罪判決を言い渡したことは憲法に違反する。

分離前の原審相被告人原勉は事のはじめから法人税ほ脱を企て、犯罪の発覚時にそなえ、その違反責任を他に転嫁すべく、事前に巧妙な奸智策を企てた。これは、原勉が前科を有する過去の経験則に基づいたものであり、犯行発覚後は取調官に対し、その責任を被告人に転嫁する供述を重ねた。

第一審裁判所においては検察官の誤認の主張を真実の如くに認めるばかりか、被告人との分離公判延においては、明らかに虚偽の供述を為し、同裁判所はその供述を、予断と偏頗に傾いて、事実不確認、審理不充分のまま、被告人に対し相被告人原勉と共謀のうえの犯行である、と認定したことは公正な裁判を受ける権利を侵害するものであると言わざるを得ない。

また控訴裁判所においては、弁護人の請求による証拠調べをなすこともなく、第一審裁判所の判決が、共謀を前提としたことが大きな誤審をまねいた、ということの審理不充分のまま、その判決を単に踏襲し、修復したのみで、有罪判決を下したことは、第一審同様、公正な裁判を受ける権利を著しく侵害したものと言わざるを得ない。

第二点 原判決に対する憲法違反で言及した点は、いずれも最高裁判所の判例に違反することはあきらかなところである。

加えて、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること、かつ、重大な事実の誤認があること、ならびに刑の量定が甚だしく不当であることは、著しく正義に反するものとして、刑訴法四一一条一号ないし三号の事由によって原判決を破棄されるよう求めるものである。

原判決は被告人が相被告人原勉と共謀した理由として、昭和五五年日本橋税務署の税務調査があった際にも原勉から七〇〇万円位の現金を収受し、昭和五九年四月頃に五〇〇万円、同年七月頃に二〇〇万円を収受したと認定のうえ、後者については、本件は法人税ほ脱につき調査が行なわれたことから、その関連で贈与されたものと認定しているがこれらはいずれも、第一審法廷において、証人として原勉が政治献金であると供述しているとおり、被告人が本件法人税違反の謝礼として収受したものではないのである。

これは、被告人が本件法人税強制調査(いわゆる査察)を受け、家宅・事務所の捜索をされた際にも銀行調憑のほか一切の書憑の精査の結果、ビタ一文もいわゆるいかがわしい金銭の収支がなかったことは、査察当局の取調べ書が如実に証拠立てている。

これら金員の収受があったものと独断で認定し、もって、共謀の重要証拠として挙証に至ったことは、犯罪の客観的構成要件たる事実の確証が著しくゆがめられており、審理を尽さざる点をもあわせ考えるとき、あきらかな憲法違反であると言わざるを得ない。

以上のような、重大な事実の誤認にもとづく法令違反があることの数々は控訴趣意書において言及しているところであるが、若干補足して説明を加えたい。

控訴裁判所の判決理由として、不正経理の指示等をした、不正経理が行なわれていることの認識を持っていたものとし、多額の報酬は脱税の分け前に当たるとして原判決を是認している。ただし原判決には一部誤認があることも認定している。一部誤認があるとしながら原判決を鵜呑みで是認したとすれば、一部誤認を一体どのような審理で認定したものか、一部か全部かという決め手のあいまいさは、構成その他において偏頗の虞があったことが充分考えられ、これをもって共同正犯なりとした論旨は憲法上の公正な裁判則に違反する。

訴訟手続の法令違反についての判決理由は、所論一、について被告人に不利益な相手方の供述のみを唯一の証拠としていない、というが、その客観性において疑義を有する。所論二、において国税局で事実に基づき正直に答弁したことに相違はない。その答弁の要旨は控訴趣意書の所論の通りである。所論三、四、については判決前に税理士の廃業を強制するに似た発言を為し、その意思のないことは被告人に反省の態度がみられないこととし、検察側の調査不備ゆえ生じた被告人の身上関係に対する追求は憲法一一条および一三条に違反する。所論五、において検察側の論告は裁判進行上の事実確認事項は一切無視したまま冒頭陳述を焼き直したに過ぎず、平板的、形式至上主義に終始したものである。

量刑不当の主張については、相被告人原勉と被告人とでは職責上の大差がある。いわゆる守秘義務である。相被告人は罪を逃れること、事後の商取引に対する悪影響のみを回避することに腐ぐすれば良いこと。結局、守秘義務に制約された被告人の止むなき黙止を酌量されること少なく、無責任な罪逃れの答弁に論旨が傾いた量刑は著しく均衡を失するものであり、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものとして、刑法四一一条一号ないし三号の事由によって原判決を破棄されるよう求める。

以上

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